携帯からアクセスしたときにブログタイトルが長すぎて見にくかったので
「はたらくおっちゃんミニレポ集」から「ミニレポ&雑記帳」に変更しましたm(__)m

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
10月半ばから全10回に渡って、地元の新聞の一面にアンジェラ・アキさんのインタビュー記事が掲載されました。内容としては過去に様々なメディアで…いや、中にはつい最近のテレビ番組の中で語られてたようなお話も多いんですが、地元ならではのエピソードもあります。そして、こうやってまとめて読むことで感じられる新たな感動もあります。

あ、失礼ながら私は、特にアンジェラさんの熱狂的なファンというわけではありません。だから彼女の曲を全て知ってて聴き込んでるわけでもありません。でも、彼女の曲は聴くと必ず、何かこう心に響くものがあるんです。強いメッセージみたいなものを感じるんです。そして、つい知らず知らずのうちに、聴きながら泣いてたりもします。

そんな曲が作れる彼女にはやはりそれなりの…何ていうか、日本人として生まれ育った私たちとはまた違う壮絶な生き様があるわけで、今回のインタビュー記事にも胸を打たれるものがありました。なので、それらを少しずつでも皆さんにご紹介していけたら…と思ってたら、すでにネット上にその新聞記事があったのでここに貼ります(^^ゞ


↓どうぞ読んでみてください(^.^)b

【1】徳島が私の原点・アスティライブ

【2】古里(上) 妹の涙が悔しくて

【3】古里(下) 育ててくれた場所

【4】転機 感動一色のライブ

【5】前進「必ず道は開ける」

【6】デビュー 29歳初の武道館へ

【7】サクラ色 曲にこめた7年間

【8】手紙 昔の自分に向けて

【9】LIFE 今日ダメなら明日

【10】らしさ いいんじゃ阿波弁で


彼女が生まれ、そして12歳まで育ったという板野町は私も同じ郡内(しかもわりと近い)ということで、とても親近感があります。いま現在ですら外国人がとても珍しい田舎町なんで、彼女が生まれた30数年前はそれこそものすごい好奇の目にさらされてたと思います。

どちらかというとタフでチャキチャキした性格のアンジェラさんとは対照的に、1つ下の妹さんはとても内向的。クラスの皆がその妹さんのお弁当を「外国人が作ったお弁当ってどんなの?」みたいな感じで興味津々で覗きにくるから食べられない…でも、そのまま持って帰ったらお母さんが心配する…ってことで、学校の帰りに何度も川にお弁当を流したことがあるというエピソードには胸が詰まりました(>_<)

「外国人の子」と言われるのが嫌で、それ以外のアイデンティティーがほしくて、ピアノを頑張る。そして、いつしか「外国人の子」ではなく「ピアノのアキちゃん」って言われるようになり、それがいまの彼女の原点なんだってことから、岡山に移ってからのこと、さらにはハワイに移って「外国人」っていう目で見られなくなったことに気付いた瞬間に母娘で号泣したことなど、切ないお話もいっぱいです。

でも、その後ワシントンDCに渡ってからの苦労話や勤務先の上司とのことなどには、読んでるこちらもすごく考えさせられるものがありました。そして、それと同時に何だか力がみなぎってきて「私も頑張らんと!」なんて気持ちにもなりました。はあ~いいインタビュー記事だったなあ。


tokushin-201010.jpg


そういや、もう5年くらい前かなあ…フジテレビの「めざましテレビ」の1企画で、当時まだめざましテレビのアナウンサーをやってた香川県出身の中野美奈子さんと一緒に板野町に帰ってきて、町内の公立小学校の音楽室で「HOME」を弾き語りしてましたっけ…。

朝ぼけ~っとテレビを見てたら汽車(JR徳島線)に乗る2人がいて、そして見慣れた田園風景があって、あれよあれよという間に私もよく知ってる小学校に入ってったんでビックリしたことがあったなあ。アンジェラさんは板野町内の私立の保育園に通い、そのあとは徳島市内にある私立の小学校に通ってたんで、板野町内の小学校とはあんまり縁がないと思うんです。だから、まさかこんなところに来るなんて…って感じで、そのとき一気に目が覚めたのを思い出しました(^O^)


これからも頑張ってほしい、そして応援していきたい、素敵なアーティストです(*^^*)


では、最後に「HOME」をどうぞ♪

コメントの投稿

URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
powered by
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。