携帯からアクセスしたときにブログタイトルが長すぎて見にくかったので
「はたらくおっちゃんミニレポ集」から「ミニレポ&雑記帳」に変更しましたm(__)m

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たくさんの方が大絶賛されてる原作ハガレンの最終回ですが、私は手放しでは喜べませんでした。ここでは私が自分なりに感じた物語の矛盾点や納得のいかない点を長々と書いてあります。ネタバレはもちろん随分と辛口になってるところもありますので、そういうのが大丈夫な方のみご覧くださいm(__)m







本日発売の「月刊少年ガンガン」に「鋼の錬金術師」の最終回「第108話 旅路の果て」が載ってると聞いて買ってきました~。いままで付録にCDドラマなんかがついてたときに何度か買ったことがあって、そのときにもその分厚さにビックリしたんですが、今月はいよいよ分厚いような…もう片手で持って立ち読みなんかできないようなレベルです。こりゃ、運んだり積み上げたりする本屋さんも大変だ(;^_^A

月刊少年ガンガン 2010年7月号



さて、その最終回ですが…このもやもや感は何だろうなあ。
原作ファンの皆さん、すみません。私にはちょっと納得のいかない終わり方でした。思わず言葉を失ってしまうほどの大団円エンド。9年も続いた長編漫画で、前シリーズのアニメ放映時から映画まで一大ムーブメントを巻き起こし、散々「最強ダークファンタジー」「命の重さ」をテーマとして謳ってた作品の最後が、こんなご都合主義だらけでいいの…っていうか何というか、う~ん。

この作品って、最初は「死んだ母親を人体錬成して蘇らせる」という禁忌を犯したために失ってしまった兄(エド)の手足と弟(アル)の体を取り戻す方法を探すってことで始めた旅のお話だったはずなんですが、途中から「皆で力を合わせて巨悪に立ち向かって世界を救う」って話になってきて、ここ1年くらいはもうすっかり物語の方向や世界観が変わってしまった気がするんです。

だから先日オンエアのあった新シリーズのアニメの第60話「天の瞳 地の扉」も、作画とか動画とか音楽の入れ方とかそういうアニメの技術としては映画のような大迫力で素晴らしかったんですが、如何せん内容が原作とほぼ同じだからねえ…。初期設定の「錬金術は科学だ」なんてのはどこへやら、もののけ姫のでいだらぼっちみたいなの(↓みたいなの)が出てきて「神を引きずり降ろし、我が身の一部にしてくれよう!」ってなことを言い出したときにゃあ、もうテレビの前でぽか~んとするしかなかったって感じです(^^ゞ

鋼の錬金術師FA 第60話より


話はガンガン掲載の最終回に戻りますが、兄弟2人の「禁忌を犯した」って罪は「お父様」と呼ばれる↑のような巨悪を倒して世界を救ったことで、もうチャラにされてしまったのかなあ。いや、でも確か作者はラジオか何かで「この2人は罪を犯してますから、最後にきっちり償ってもらいます」って言ってたんだけどなあ。どこにもそれらしい描写はありませんでした。

最終回ではエドが錬金術を使えない体になる代わりにアルの体を取り戻したんですが、そもそもこのハガレンの世界の中で錬金術が使えるのは研究を積んだ一部の人のみで、それが使えないからといって特に生活に困るわけではなく「使えれば便利かな?」って程度の位置づけだったんです。しかも、いままでエドが錬金術を使うようなシーンもそれほど描かれてなかったんで(戦いの多くは錬金術を使わない体術戦で、たとえ錬金術を使っても地面を隆起させる程度のもの)、エドの錬金術の技術にアルの体と引き換えにできるほどの価値があったってところに大きな疑問を感じてしまいます。

何はともあれ、こうしてアルを取り戻したあとは、ずっと好きだった幼なじみにプロポーズ→結婚→父親になるっていう、まるでラブコメのような展開でした。アルはアルで五体満足の生身の体となり、錬金術も今まで通りに使える上に錬丹術の研究もはじめ、さらには「お父様」を倒すために一緒に戦ってきた中華系の女の子(メイ)とカップルになってるような描写もあって…まあ、これはこれで微笑ましくていい終わり方だとは思うんですが、こんなあっちもこっちもハッピーハッピーでほんとにいいんでしょうか…。いや、決して幸せになることが悪いわけではないんです。でも…ね。


つい引き合いに出しちゃいますが、前シリーズ(一期って言うの?)のアニメは、最終回でエドは自分の命と引き換えにアルの体を取り戻したんですよね。結果、エドは死にこそしませんでしたが、並行世界へ飛ばされ、何より大事に思ってきたたった1人の弟と離ればなれになりました。そしてアルも元の体には戻れたものの、それは人体錬成をする直前の10歳の体と心で、それから兄と過ごした4年間の成長と記憶がごっそりなくなりました。人間1人を取り戻すということはこれほどまでに大きな代価が必要で、それだけ命は尊く重いものだということです。

そんなわけで、一応「飛ばされてきたのなら帰る方法もあるはず…いつか兄弟が再会できる可能性もゼロではない」っていう希望の光を残しつつもハッピーエンドとは言いがたい終わり方で、原作の最終回とはまさに正反対ですね。


何て言うか、前のアニメは「人体錬成した結果の失敗作=ホムンクルス=禁忌を犯した者の罪の形」という設定で兄弟は最後まで自分たちの犯した罪と向き合い、痛みを抱え悩みながら成長していくって感じでしたが、原作の方には途中で「母親を錬成したつもりだったけど、お墓を掘り返して確認したら実は別人だった…しかも骨盤の骨からすると男性っぽい」っていう設定が出てきてから、彼らの中の「禁忌を犯した」という罪の意識が薄れていったように思います。たとえ母親でなくても、誰かを錬成して葬ったことには変わりはないはずなのにねえ。

思えば、このあたりから私は原作に「ん?」って思うことが多くなったような…。そのほかにも最初は「賢者の石は大勢の人の命でできてるから絶対に使わない」なんて言ってたのに、いざ窮地に立たされたら「石の中の人たちが納得してくれたから」なんて理由でサラッと使っちゃうっていう展開にも「んん!?」でした。まあ、それでもずっとコミックは買い続けてるんですけどね(^^ゞ

月刊少年ガンガン 2010年7月号


こんな感じで兄弟に関しては釈然としないところだらけだったんですが、最終回に載ってたグリリンの決別シーンや兄弟の父親の逝き方なんかはまあ良かったなあ。また「あのときの会話をここへ繋げてきたのか」と感心することもありました。あとは「あら、ほのぼのしていい後日談だなあ。さすが原作者は実生活でもお母さんだから、こういう部分も描くんだなあ」なんて思うのもあるんですが、それと同時に兄弟以外のキャラにも疑問に思う部分がけっこうありました。

たとえば、最終回で明かされた「真理」の定義「思い上がらぬよう正しい絶望を与える存在」を用いると、どう考えても本人の意志なく(別に思い上がったわけでもなく)無理に人体錬成をさせられて「失明」という絶望を与えられた大佐の状況に説明がつかないんじゃないか…とか、スカーは私情で大勢の人を殺めたのに何も咎められず復興支援をするだけで許されるのか…とか、こんなオチにするなら軍部のクーデターのエピソードってなくても良かったんじゃないのか…とかかなあ。もしかしたら「お父様」の存在自体が必要なかったかもしれない…とも思います。

あと、たまたま通りがかったマルコーさんが持ってた賢者の石を使って大佐の失明がサラッと治る、ものすごい権力闘争があるって言ってたシン国のトップにあっさりリンが立つ…なんていうあまりにも都合のよすぎる展開も(いつの間に賢者の石は便利アイテムに?)、「それ常識的にどうなの…お世話になった人たちにほんとに感謝の気持ちがあるの?」って思うようなシーンもあって、何だかなあでした。でもまあ、こういうのが少年漫画らしいまとめ方だと言われれば、そうなのかも…しれませんね。

月刊少年ガンガン 2010年6月号


個人的には、いま振り返ってみても、やっぱり前シリーズのアニメは色んな部分で深く考えて作られてたなあって思います。最後まで「兄弟」に的を絞って描かれてましたしね。もちろん原作あってこその前シリーズのアニメですが、水島精二監督も脚本の會川 昇さんも原作以上に「命の尊さ」「復讐とその代償」「罪と償い」なんてことを強く意識して原作をベースにうまくアレンジしてたし、後半のオリジナルになってからもその姿勢を貫いて、兄弟の葛藤や成長をよく描いてたと思いました。

前シリーズのアニメを始めるときに作者に原作の方の終わり方を大体のところで聞いて、アニメはそれに被らないように作ったそうですが(原作とは別の展開にすることが原作者からの条件だったとか…)、原作にあったいい素材をほんとに上手に生かしたと思います。

まあ、確かにぶっ飛び展開なんかもありましたが、なぜそうしたか…ってのはインタビュー記事なんかを見ると納得できるものが多いです。こう言っては何ですが、原作よりずっと設定もテーマも1本ちゃんと筋が通ってたように思います。うん、結局のところ私にはあの「痛みのある物語」の方が合ってるんだと思います。これはもう水島監督の狙い通りって感じですね。またDVDを1巻から見直してみよっかな~?


とにかく、これで原作は終わったわけですが、これからこれをアニメが追いかけていくわけですよね。新シリーズのハガレンは最初の1クールはとても残念な部分が多かったんですが、2クール目以降からは少しずつよくなってきて最近はものすごいパワーを感じてきてるんで、最終回までのあと4話で入江監督をはじめとする大野木さんや三間さんたちがこのラストをどんな風に見せてくれるのか楽しみですo(^-^)o



↓6月18日追記
朝日新聞に「鋼の錬金術師」の連載を終えた作者・荒川 弘さんのインタビュー記事がありました。→こちら

読んで愕然としました…。
私やコメントをくださったザッキーさんが「人の命を技術と引き換えになんて、あまりに安すぎるのでは…」と疑問に思ってた部分について、ハッキリと作者が「エドが得たものの中から要らないものを代価にした」と話しています。

「要らないもの」って…大事な弟の命を要らないものと引き換えって…。

同時に「主人公のアイデンティティー(存在意義)を代価にした」とも話してますが、錬金術なんてエドの存在意義でも何でもないでしょう? だって、錬金術は「誰もが学べば使える科学技術」なんですから…。

それにしてもこの原作者さん、前からずっと「連載当初から最後は決めている」と何度も発言してたのに「9年に渡る連載で答えを見つけた」って…ほかのインタビューでもそうですが、いつもお話が二転三転しますね。だから物語の中でも設定がその場の都合でコロコロ変わるのかな?

9年間ずっと「人とは何か」を考え「人間の罪を提示したかった」と作者は語ってますが、その集大成がこんなだったなんて…過去のインタビュー発言やファンに向けての発言から命や死に対する感情が薄い人だなあとは思ってましたが、こんなにも人の命を軽視し粗末に扱ってしまう人だったなんて…途中まではすごく好きで期待してた作品だっただけに、ほんとに残念です(>_<)


↓7月14日追記
鋼の錬金術師FA 第64話「旅路の涯(最終回)」の感想でも半分くらいは原作に触れています。また、コメントをいただいた方と、水島監督版におけるロゼの件や黒歴史扱いについて真摯に考察してます→こちら
(やっぱり原作ならびに原作者には辛口なのでご注意を)


↓11月24日追記
最終回が掲載されてる27巻を買いました。
ガンガン7月号に掲載された最終回やその後の売り切れ騒動&再掲載から数ヶ月。そうやって少し時間を置くことで当時は気付けなかったことや理解できなかったことが分かってくるかなあと思ってたんですが…。

結果としては「お父様は神を手に入れたあと何がしたかったんだろう?」「何で錬金術師の話なのに、錬金術も錬丹術も使えんシン国の普通の人間が錬金術師より強いの?」「エドの言う"殺さない覚悟"は周りが代わりにやってくれてるから成り立ってるだけの単なる偽善。しかも"殺さない"って言うわりには鋼の腕を刃物に変えて敵に襲いかかって…あれで相手が死ぬ可能性を考えんのかな?」「群像劇って言うわりにはホムンクルスの目的や軍部のこととか、途中で投げっぱなしになったキャラや話が多いなあ」「そもそも代価をどれにするか…なんて選択肢があること自体が不思議」などなど謎や疑問は増えるばかりでした。


↓11月28日追記
27巻のカバーのところに作者が「キャラのセリフにはあいさつと感謝のことばをなるべく入れるよう心がけた」とあります。でも、だったらなおさらこの記事内とコメント欄で書いた「お世話になった人たちに兄弟が別々に挨拶に行く」というのが理解できません。しかも、わざわざ「お世話になった人が多すぎるから二人で分けてあいさつに回ってる」という、仕方なくやってます感いっぱいのセリフまであるし…。

いくらセリフの中に感謝の言葉を入れたとしても(それも意識して入れたって言うほど多くないと思うんですが…というか、どこのことだろう?)やってることがこれでは意味がないように思います。いえ、もう↑に書いた「お世話になった人が多すぎるから…」で全てぶち壊しですよね。2人そろって元気な姿を見せて「おかげさまでこうして元に戻れました。ありがとうございました!」って言うことが、2人のために命がけで力を貸してきてくれた人たちへの最低限、絶対にすべきことだと思うんです。

ほんと、つくづく残念な作品になってしまいました。せっかく「10もらったら11にして返す」なんていいメッセージがあるのに、それを言ってる本人はもらったものを半分にして返してるんですもんねえ。結局、荒川さんはこの作品を通して読者に何を伝えたかったんでしょうか…。



コメントをくださった方へのお返事にも、私のこの作品に対する思いや、何故そういう考えに至ったか…などということを書いてあります。お気持ちに余裕のある方はご覧くださいm(__)m


ごぶさたしてます。

原作は読んでなかったんですが・・・・、あー、先が分かってしまった(そんなに後悔はないですけど)。

エドが錬金術を使えなくなるっていうのが、納得いきませんね。だって、この世界では錬金術は科学技術なんですよね? ということは、誰でも技術を学べば利用できるってことですよね?
やっぱり、9年も続けちゃいかんのですね。

アニメFA60話のラストもですが、僕的にあんぐり来たのは61話でした。みんなすぐさま生き返るんだったら、みんなが死んじゃう展開自体いらないだろ、と。なんといっても、この作品世界で、ドラゴンボールみたいなことしちゃいかんだろと。
あらためて、先のアニメ版は、麗しい兄弟愛の、美しい物語だったと感じます。アニメを見て、日頃、自分は兄弟と仲良くしてないなぁと反省しましたからね。

長々と失礼しました。
2010/06/15 22:01 |ザッキー URL [ 編集 ]

コメントありがとう♪


わあ、ザッキーさん。コメント嬉しいよ~♪

>この世界では錬金術は科学技術なんですよね?

う~ん、最初の設定では…ね。
でも、最近はもうどこが科学やら分からん状態になってるでしょ?
原作の最終回では「誰でも1人1つずつ扉を持ってる」「錬金術を使うには扉が必要」「その扉を代価にアルを取り戻す」ってことだったんで、これで科学って言えるのかどうか…。

とにかく、そんな「技術」なんかと人間1人の命(体)とを同等に見たってところが私は納得いかんのです。あまりに軽すぎる…。命って、そんなものじゃないでしょう。やっぱり↑の本文で書いたように「母親じゃなかった」なんて設定を出してきて作者の中で罪の意識が薄れてしまうと、命の重みの感覚も変わってしまうんかなあ。

あとは、ザッキーさんの言うアニメ61話のシーンもね。
「死んだものは決して生き返らない」って設定はどこへ行ったんかなあ…。あんなにすぐに生き返ると「命の重み」も何もないよねえ。この作者が描きたかったものって何だったんだろうって、つくづく疑問に感じます。

あ、きっと来週とかはもっとあんぐりとするシーンがあると思うよ。ほんと「お父様」って一体…って感じでね(^^ゞ

でも、不思議とファンの多くは「素晴らしい最終回だった」「綺麗にまとめた」って言ってるみたいです。まあ、どう感じようと個人の自由ではあるんですが、何でだろう…こうした矛盾に気がつかんのか、たとえ意味不明の矛盾だらけでも終わり良ければ全て良しなのか…。

何はともあれ、私もザッキーさんと同感で、やっぱり前のアニメはほんとに美しく深く作られてたと思います。第48話「さようなら」のロイとエドの会話には、業を背負った者同士として重みがあったよね。あとはアルを取り戻すために自身を錬成しようとしたときのエドの一言も…。

命という重いテーマを扱う作品である以上、たとえアニメとは違う道をたどっても原作の方にもそういう深いものを求めてたんで、後半から最終回にかけての展開は私にとっては残念なものでした(;^_^A
2010/06/15 23:33 |ゆみ URL [ 編集 ]


水島版アニメに大分感化されているようですね
あちらはあちらであくまで水島版のそれであって
本家である原作版のそれではありません
矛盾云々と感じるのは水島版に感銘した分、
その刷り込み効果の反動のようにも思えます
一度虚心になって原作版を一から再度読み直した方が宜しいかと思います
水島が解釈した作品世界と原作者の意図した作品世界は全く違うものだったという事です
まあ作者の意図はどうあれ、作品に関する評価は
読者の物ですから、この作品を残念なものと評価するのも
読者の権利ではあります
2010/06/20 03:43 |通りすがり URL [ 編集 ]

コメントありがとうございます♪


通りすがりさま

随分と厳しい書き方になったので原作ファンの方はさぞ驚かれたでしょうし、読まれてて辛く感じられた部分もあるのではないかと思います。すみません…。でも、それだけこの作品が好きだったし、応援もしてきたし、期待もしてた…というところはご理解いただければと思います。

そうですね。前シリーズの水島監督版の影響は大きいと思います。
何せ、先に原作を読んでからあのアニメを見たときに、ほんとに上手に原作を膨らませてるなあと感心したもので…。もちろん「…は?」と思うような回もありました。ただ、罪とか償いとか命の重さというあたりに関しては、ずっと1本の筋を通してたと感じています。

だからこそ「原作と被らないようにしてこんなにもきちんと命や罪について描き通したのなら、本家である原作の方はどんなふうに見せてくれるんだろう」と妙な期待を抱きすぎたのかもしれません。しかも、いまにして思えば出版サイドの「ダークファンタジー」という謳い文句に踊らされたような気もします。いままでの作者のインタビュー発言を思い返してみると「ダークファンタジー」というよりも「王道少年漫画」を意識してるようで、ヒューズの死やニーナの事件についてもファンが思うほど深くは考えてないのかな…と。特にヒューズの死については作者と読者の間に温度差がありすぎて、ちょっとした騒ぎにもなったくらいですしね?

で、おっしゃる通り、あれはあくまで水島監督の解釈であって、作者がずっと描きたいと思っていた物語とは全く違いますよね。まあ、そもそも原作とは被らないようにしたので、当然と言えば当然なんですが…。なので、水島監督版があれだけ重くて暗くて痛みのあるものだったってことは、逆に言えば原作があれだけ大団円のハッピーエンドになったのは当然の結果でもあるんですよね。

ただ、細かいようですが、たとえばお世話になったヒューズ家くらいにはせめて兄弟2人そろってきちんと挨拶に行ってほしかったなあとか、自戒のために足はそのままにしたというだけなら良かったんですが、そのあとの「これがないとウィンリィが嘆くだろと言ってた」みたいなアルのセリフが蛇足となり自戒の意味が薄くなったなあなんてことも思ってるので、どうしても上でご紹介したインタビュー内の「人間の罪を提示したかった」という作者の言葉に首をかしげてしまうんです。

でも、ああいう軽くてご都合主義なのが少年漫画のノリだって言われたら、私はそれほど少年漫画に詳しくないので頷くしかありません。とにかく、いまのアニメの放送が終わってちょっとしたら、一度ニュートラルな気持ちになって1巻から読み直してみます。コメント、ありがとうございましたm(__)m
2010/06/20 06:58 |ゆみ URL [ 編集 ]

※個人の意見です


感想、読ませていただきました。納得のいかない点、私も結構ありましたね…でもトータルで見ればよい作品であったと思います。

あと、作者が命を軽く捉えているのでは?との記載がありましたが…それは私は違うと思います。作者の荒川先生は、幼馴染みを目の前で亡くされてますし、逆に子供も出産されてるので少なくとも『軽く捉えている』とは言えないと思います。

それから、話の方向性が変わった、あるいは水島監督と異なるのは、ターゲットにしている対象が違うからだと思います。荒川先生は私が思うに『子供たち』で水島監督は『大人、大人になる手前の人』かな…と。

とにかく、描いている作者の方も作品も生きてる物ですから微妙な変動はしょうがない事だと思いますし、そういう不完全さも人間らしくていいと思うのです。

そして、この作品が産まれたおかげで様々な事を考えられたのは事実ですから。


…と、言いたいことばかり書いてしまいました。気分を害されたかもしれません、申し訳ないです。こういう人間も居るという程度に思って下さい。


でも、こんなに1つの作品について熱く語れるなんて好きな証拠だし素敵な事だと思いました。


欄文失礼しました、もし不都合があればコメント削除していただいても結構です。
2010/06/21 23:18 |七つの大罪 URL [ 編集 ]

コメントありがとうございます♪


七つの大罪さま

☆同じコメントが2つアップされてたので、1つ削除させていただきました。

原作ファンの方によくある、一方的に「水島監督版はあんなにも原作を変えて酷すぎる!」みたいな姿勢でご意見をいただくと私ごときでは受け止められませんし、そういう方との意見交換の中からは何も生まれないと思ってますが、七つの大罪さんのような方のコメントはとてもありがたく拝見しました。

>あと、作者が命を軽く捉えているのでは?との記載がありましたが…それは私は違うと思います。

ここなんですが、私も随分とどういう考えを持ってる人なんだろうと悩んだんです。で、その判断材料の1つとして、荒川さんの過去の発言に「残酷な事や死を特別って思っちゃうのはどうしてなんでしょうね?身近に死が転がっているという自覚が少ないのでしょうか?」というのがありますよね。

これを見たときに私は「確かに死は誰にでも訪れるから身近なものではあるけど、だからといって日常の1コマなんて感覚で済ませていいの?ほんとに済ませられるの?」って思ったんです。誰だって大事に思う人や親しい人が亡くなったら悲しいし、胸が痛むでしょう。なかなか死を受け入れられなくて、現実からぽっかりと切り取られた空間に逃げ込んでしまうこともあるかもしれません。どうしたって日常の中の「特別」になっちゃうと思いますし、それが人間だと私は思っています。

で、荒川さんはご自身が酪農家で育ち、動物の生死を身近で数多く見てきたことで命の尊さをより分かってると話してたこともありましたが、私は逆に死に慣れすぎてるのではないかとも思ったんです。もちろん酪農家の全ての皆さんがそうと言ってるわけではなくて、荒川さんに限った話ですよ。だって、ヒューズやニーナの死を悼むファンに対して「何でそんなに悲しむの?」なんて言葉が出たんですから…。とても目の前で幼なじみを亡くした経験を持つ方の言葉とは思えませんでした。たかが漫画のキャラとは言え(でも荒川さんが生んだキャラなのに)、そうやって誰かの死を悼んでる人にそんな言葉が出るというところで、命や死に対しての感情が薄い、命を軽く捉えてる人なのかな…と思ったわけです。

でも、お子さんを持ったので、またそのあたりの感覚は変わってるかも…ですね。この作品でも、後半の賢者の石の扱いやアルの取り戻し方については大きな疑問を拭えませんが、セリムとブラッドレイ夫人のあたりには、ニーナの頃には描かれなかった荒川さんのそうした心境の変化が見えてきたようにも思います。

あと、そうですね。水島監督版は「大人、大人になる手前の人」で、原作は「子供たち」という解釈、これはそうだと思います。だから、そういう意味ではああいう「巨悪をやっつけろ」的な展開は子供たちをターゲットにした、まさに少年漫画らしい展開とも言えますよね。

ただ、そのわりには無駄にたくさんの人が死ぬ描写が多かったなあとも思うんです。だからクーデターのエピソードは必要だったのかな…とも思いますし、ましてや別の方のコメントにあるように「ドラゴンボール」みたいに一瞬で生き返らせるというような展開はしてほしくなかったとも思います。ドラゴンボールが良くて、なぜハガレンではダメなのか…と聞かれれば、それはやはり「命の重さ」をテーマにしてる作品だからです。

「10もらったら1プラスして11にして返す」という言葉は、これから大人になっていく子供たちへのメッセージとしてとてもいいものでしたね。そういういいメッセージを伝えられるチャンスのある作品だったからこそ、もう少し命というものの扱いを大事にしてほしかったですし、悪いことをしたときの罪の意識というところは最初の発言どおりにブレなく描いてほしかったと思いました。つまり、いちばん大事なところがブレてしまうくらいなら、ああいう展開は必要なかったのでは…ということです。

私の方こそ、言いたいことばかり書いてしまい、申し訳ありません。でも、七つの大罪さんのおっしゃる通り、この作品があったからこそ色んなことを考えるキッカケができましたし、いまはこうして七つの大罪さんとの出会いもあったわけですから、この作品や荒川さんに感謝してるのも事実なのです。ただ、あまりに最終回の展開に驚いて、しかも「要らないもの発言」にショックを受けて、感謝の言葉を書き忘れてました…すみません(^^ゞ

コメント、ありがとうございましたm(__)m
2010/06/22 00:36 |ゆみ URL [ 編集 ]

今更感半端ないですが


拝見いたしました。
人それぞれの意見なので「なるほどな」と思いながら読ませていただきました。
以下私の拙い意見をば。

エドが錬金術を学んできたのは
なんとなく→母親を生き返らせる→元の体を取り戻すため と変遷してきているように思います。
アルの体を取り戻す際、「錬金術」を対価にしたというよりはかつて禁忌を犯した際にみた「真理」を対価にしたのではないでしょうか。
錬金術は確かに科学技術だとは思うのですが、禁忌を犯した人はその一線を越えて「真理」を見てしまい、その結果「科学技術としての錬金術」でなく「真理をみた結果手パンで錬金術が使えるようになった」という真理に付加された「オマケ」だったのではないかと解釈しました。
「お父様」とやらと戦ったのは陰謀に気づき、かつてのクセルクセス(でしたっけ?)と同じようなことが起きないように戦っていたのではないでしょうか
荒川先生も「なんじゃこりゃ!とツッコミながら読んでくだされば」ともおっしゃってますしねww
あくまで「マンガ」「アニメ」なので整合性が取れていないというのはある程度仕方がないようなこととは思います

だいぶ前の記事にこんな長文を失礼いたしました。
2016/01/23 10:31 |おバカさん URL [ 編集 ]

コメントありがとうございました♪


おバカさんさま

コメントありがとうございました!
そして、お返事が遅くなってしまってすみません…m(_ _)m

元はたった1つの作品でも、こうして様々な解釈ができるのって本当に面白いですよね。自分だけだと気づけなかった見方や考え方に触れるは新しい発見でドキドキしますし、自分とは真逆のものでも私はそれはとても大事なことだと思っています。

だからこうしておバカさんのご意見を聞かせていただけて嬉しく思います(*^^*)

ただ、如何せんもう随分と前の作品で私もだいぶ記憶が曖昧になってきてるので、きちんとしたお返事をすることができません…もちろん、当時の資料もファンブックも全て大事に取ってあるし、こうしてコメントいただけたことで久しぶりにまた原作を読んだり、DVDを見てみたいなあという気持ちになれたんですが、現状では半端なことしか言えなくて…すみません(>_<)

とにもかくにも、当時これだけ熱心にハマって色々と調べて、たくさんの方と語り合えたことは良い思い出です。こういう作品を生み出してくれた荒川さんにも、そしてアニメスタッフの方々にも心から感謝ですね♪
2016/01/27 23:40 |ゆみ URL [ 編集 ]

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